四度の世界一を手にした後
待っていたのは不安と焦りだった
12歳で始めたソフトボール。高校でのインターハイ優勝やU-19日本代表選出などを経て、2008年には北京大会、さらに2020年の東京大会に出場し、日本代表として世界一を経験。世界選手権を含めると四度の世界一を達成しました。そして、「人生の次のステージもワクワクする」と希望を胸に引退。しかし、引退後に待っていたのは不安と焦りの毎日でした。初めての会社員生活。さらに結婚・妊娠とライフステージが変化するなかで、平日は出社、土日はソフトボールチームのコーチという生活をこなすだけで精一杯。「キャリアを生かして、もっと活躍できる自分になりたい。スポーツ界や子どもたちに貢献したい」という思いはありつつも、最低限のことしかできていない自分に無力感ばかりがつのっていました。ついには、「世界一なんて何の価値もなかった」と感じてしまうほど自信喪失。そんな2025年2月、知人の紹介で、『頂点への道』講座を受講しました。
初受講で明確になった指導者としての使命
初受講で衝撃を受けたのは、「人生の目的は幸せになることであり、目標達成は目的を実現するための手段である」という考え方でした。当時は、目標や結果ばかりを追っていたからです。同時に、現役時代の体験を思い出し、「目的から一貫して生きる価値」がいかに大きいか、深く腑に落ちました。2008年の北京大会のときは、世界一という目標ばかりを追っていたので、目標達成後はすぐにパッションダウン。幸福感もありませんでした。一方、「何のために挑戦するのか」という目的を持って臨んだ2020年の東京大会は、世界一を獲った後も達成感や活力に満ちていたのです。
振り返れば、以前の私と同じように勝利至上主義のなかで苦しむ選手は少なくありません。実際、勝つことだけを目指して燃え尽きてしまったり、引退後に生きる目的を見失ってしまったりする選手をたくさん見てきました。だからこそ、全てのスポーツ選手に必要なのは、「勝つ」という目標の先にある「目的」であると確信。「目標ではなく目的に生きるための技術を、スポーツ界に広めていきたい」。指導者としての使命と新たな覚悟が決まった瞬間でした。
ビジョンを1日20回唱え「理想の自分」として生きる
掴んだ新たなキャリアと親子関係の変化
受講後に取り組んだのは、毎日理想の姿を確認することです。自分が求めていることを自分自身に問いかける「セルフカウンセリング」や、目標達成の原理原則を映像で学ぶ「アチーブメントテクノロジーマスタープログラム」を通して、理想の姿を確認。明確になった人生の目的・目標は、1日20回以上は口にしました。すると、どんなときも「理想の自分だったらどうするか」を基準に解釈や判断ができるようになったのです。
こうして自分の軸が確立したからこそ、スポーツ界にさらに貢献すべく、会社から独立。講演活動とソフトボールU-15日本代表のアシスタントコーチなどに専念する決断ができました。
ソフトボールの指導では、講座で学んだ選択理論心理学をベースに、選手の欲求や願望にあわせた関わりを実践。「すべての人は最善を尽くしている」という考えをもとに、相手の発言や行動を必ず承認することを意識し「できていないあなたは本来のあなたじゃない。阻害要因を一緒に取り除こう」と声をかけました。すると、以前は1日かけてようやく警戒心を解き関係を築く程度でしたが、今では、1セッションや半日で信頼関係を築けるようになりました。
プライベートでも変化がありました。幼いころからの厳しい指導や結婚への反対で疎遠になっていた父との関係が改善したのです。きっかけは、同じテーブルにいた受講生の方が、ご家族との関係に深く向き合い行動を変えられたと伺ったことです。「父との関係を取り戻したい」という自分の本音に気がつき、すぐに父に連絡。初めて温泉旅行に誘いました。今では息子も含めた三世代で旅行をするほど、良好な関係を築けています。
スポーツを通じた「教育」で
喜びと幸せがあふれる社会へ
スポーツに人生を懸けてきた私が感じるのは、スポーツは最高の「人格形成の場」であり、人生で活躍するために必要な学びが得られる最強の「教育現場」だということです。だからこそ、スポーツに携わるすべての人が『スポーツを通じた喜びと幸せで溢れる人生』へと向えるよう貢献する。これが私の人生の目的であり、使命です。
そして、スポーツ界の「指導者育成」をとおして、このビジョンは成し遂げられると確信しています。おかげさまで、子どもたちや保護者の方々だけでなく、指導者層の方々に向けた講演活動も増えてきました。企業様では、「世界一のチームのつくりかた」というテーマで、どうすれば組織メンバー一人ひとりの本来の力を引き出し、チームで大きな達成をつくりあげることができるのか、自らの経験からメッセージをさせていただいています。これからもスポーツ界・ソフトボール界の発展と、日本代表の監督という次なる目標に向かって、挑戦を続けてまいります。













