7000万の大赤字、創業以来の経営危機
社会に出て最初の仕事は新聞記者でした。家業に目を向けず、あこがれていたジャーナリズムの世界に飛び込みました。しかし28歳の時、2代目社長だった父がすい臓がんと診断されました。それまでの自分の生き方を反省して会社の後継者になりました。父は翌年に他界。右も左もわからぬまま経営者人生が始まりました。将来のことを考える余裕はなく、目先のことに追われるばかりでした。それでも父が残してくれた経営基盤と社員たちの助け、そして景気の回復で業績は順調に伸びていきました。「うまく行くじゃないか」―そう思ったのも束の間、リーマンショックが訪れたのです。我流の経営はこの危機には通用しませんでした。2009年度、2億6千万円の売上に対して、損益は7000万円以上の赤字。会社始まって以来の危機でした。景気が良くても悪くてもビクともしない会社にするにはどうしたらいいのか。そんなときに出会ったのがアチーブメントでした。
理念経営との出会い、変化への兆し
当時は、社員の働き方がバラバラで社内に一体感がありませんでした。『頂点への道』講座スタンダードコースを受講し、「何のために、誰のために、なぜ経営しているのですか」という青木社長の問い掛けが胸に刺さりました。振り返ると私には、何のために経営しているのかという理念や目的がなく、目標すらありませんでした。場当たり的で行先のない目先経営。それでは社内がまとまらないのも当然でした。
講座では企業理念の前に、自分の生き方の土台となる人生理念を明確にしていくワークがあり、頭から煙が出るほど考えました。そのとき、かつて父が「こんな小さな会社でも社員の家族を入れたら50人以上が飯を食っているんやぞ」とつぶやいた言葉を思い出しました。コースを受講した時、会社は第60期でした。60年続く会社は極めて少ないことも知りました。会社に人生を預けてくれる社員と家族の生活を守るという創業者や父の信念と努力の賜物でした。
経営の目的は縁ある人、すなわち社員一人ひとりがこの会社で働いて幸せになることだとようやく気づきました。そのためには永続発展する企業の象徴である「百年企業」になることがビジョンです。そのための指標として「社員1人当たりの自己資本1000万円」という財務目標を見つけました。それだけの蓄えが会社にあれば、仮にリーマンショックのような不況や津波などで売り上げがたたなくても2年間は社員に給料を払え、その間に会社を立て直すことができる数字です。この1人当たり自己資本を高め続けることが目標で、そのための日々の実践。こうしてようやく経営姿勢に一貫性が通りました。
失敗から立ち返った在り方、手にした揺るがぬ土台
選択理論や理念経営を実践する中でさまざまな葛藤がありました。自分の思い通りにならないとき、社員を責めても仕方ないと理屈ではわかっていたものの、なかなか変われない自分がいました。
初受講から3年が経った頃でした。私の言うことを聞き入れない女性社員をこっ酷く怒鳴ってしまい、退職させたことがありました。離職した彼女から届いたのは慰謝料請求の内容証明郵便でした。「社長はアチーブメントなる立派な会社で学び、理念を社員にも実践させていますが、それがどういうものか分かりません」と書かれてありました。7000万円の大赤字が商売人としての失敗なら、この慰謝料請求は人間としての失敗だと思いました。社員が変わるべきだと思っていましたが、本当に変わらなければならないのは私自身だと痛感しました。
社員が幸せな会社はどんな会社なのか、考え続けました。それは全社員が働きがいを感じて喜んで働く活気ある組織で、その結果として経済的にも精神的にも豊かになれる会社だと思いました。その実現のために選択理論の伝える「内発的動機づけ」を懸命に学びました。「他人をコントロールすることは出来ない。自分に出来るのは情報を提供することだけ」「その情報を受け取ってもらうためには人間関係の構築が大切」。まずは私が目指す理想やビジョンを伝えることにしました。月1回の学習会を行い、会社の財務状況や経営戦略を開示しました。なぜこの会社が存在し、先代たちはどんな思いで経営してきたのかも伝えました。会社の重要な意思決定は、社員に明らかにして衆知を集めた上で最終決定するようにしています。また、社員とそのご家族に思いや感謝を伝えるため、毎月の給与袋にメッセージを書き続けています。スタートしてから8年で、すでに120通に達しました。この他に社長新聞を毎週発行して社内の情報共有を進めました。これまでの発行号数は368号に上っています。私は経営は下手くそでしたが、文章を書くことには自信がありました。自分の得意分野を使った私なりのリードマネジメントです。同時に、社内の人間関係を良くする行事も始めました。定期的な懇親会や工場バーベキュー、社員旅行などです。毎月1回は何らかの社内イベントがあるように努めています。
社員がモチベーション高く働いてくれるには、この会社が「人生を賭けるに足る」と本気で思えることが必要で、それには会社や経営者への信頼感が大前提です。社員を変えようとする前に、自分が信頼してもらえる経営者になることがまず先だったんです。そんな思いで行動すると、徐々に一人ひとりの働き方が変わり、私の思いを汲んでくれる社員が増えていきました。やがて組織に結束が生まれ、7000万円の赤字は、社員数がほぼ変わらずに2016年度には5000万円超の黒字に変わりました。自己資本比率は10%だったのが50%となり、ようやく経営が安定してきました。社員1人当たりの自己資本は1500万円を超えました。
業界最高水準の年収と人の育つ組織を目指す
社員を大切にし、物心両面の幸福が実現できる会社をつくること。青木社長から学んだこの経営の目的が人生の羅針盤です。人はときに楽に流されそうになることがありますが、そんなときに守ってくれるのが理念です。脱線事故を防ぐガードレールのようなものだと思います。日本のサラリーマンの平均年収は410万円と言われています。私たちが属する鉄鋼溶断業界は398万円、対して現在の坂元鋼材は533万円です。この数字を高め続けることが目標です。私が82歳になるとき、この会社は第100期を迎えます。これからも選択理論とアチーブメントテクノロジーを土台として、社員が内発的に成長を求める会社を追求します。そして、社内から次世代を担える後継者を輩出していきます。